ことのはぐさ

2017.01.24 弁護士 岩田研二郎|認知症による徘徊中の事故と家族の責任


  認知症による徘徊中の事故と家族の責任
    ーJR東海認知症列車事故事件の最高裁判決から考える

 

[家族に過酷な名古屋地裁、高裁判決]
 平成28年3月1日に、認知症による徘徊中の事故と家族の責任
に関する最高裁判決がなされ、議論を呼んでいます。
  85歳の同居の妻が91歳の認知症の夫を介護していたところ、夫が、自宅を出て徘徊し、JRに乗車して隣駅で下車し、ホームに降りて列車にひかれる死亡事故があり、それにより鉄道会社に与えた損害につき、妻が賠償請求された事案です。
 遠隔地でたまに来訪して援助をしていた長男の責任も問われました。
  JR東海は、認知症の夫は、民法上の責任無能力者なので、その監督責任を負う妻と長男に賠償責任があると主張しました。これは、民法民法714条が、責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負うと定めているからです。

 

 一審判決(名古屋地裁)は、目を離して外出を許した妻に介護の過失があるとして責任を認め、遠隔地の長男にも、事実上の監督者で代理監督責任者に準ずるものとして責任を認めました。
 この判決には、社会から大きな批判が巻き起こり、認知症の高齢者を自宅に拘束するほかないとの声もあがり、認知症高齢者の介護のありかたを社会に問う裁判となりました。
 二審の名古屋高裁判決も、長男の責任は否定したものの、同居の妻については「平成25年改正前の精神保健福祉法20条の「保護者」には配偶者が含まれ、配偶者には同居協力義務があり、精神障害者の生活全般に対して配慮し、介護し監督する身上監護の義務があるので、監督義務者として責任あり」と判示しました。また妻が自宅ドアのセンサー電源を切っていて外出に気が付かなかったことに過失がありとして賠償責任を認めました(ただしJRの過失相殺を5割としました)」。
 この二つの判決には、原告がJRという大会社であったことからも、家族の責任の負わせ方について、これでいいのかと社会的批判がなさ

れました。

 

[家族の責任を緩和した最高裁判決]

 この上告審で、最高裁判決は、民法714条の法定監督義務者の範囲を限定する解釈をもとに、妻の責任を否定する判決をくだしました。
 判決は、①成年後見人および平成25年改正前の精神福祉保健法の保護者は民法714条の法定監督義務者ではない、②精神障害者と同居する妻も法定監督義務者ではないとしました。
 しかし、③法定監督義務者でない者であっても、監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には、法定監督義務者に準じる者として民法714条が類推適用され、監督者責任を負うとし、④法定監督義務者に準じる者といえるか否かは諸般の事情を総合考量するとして、その判断基準を示しました。

[この判決で家族は安心できるか]
 判決は、本件では責任は否定されるが、場合によっては肯定される場合もあるとの解釈で、どのような場合かは判然としないものでした。
 責任を認める法定監督義務者に準じる者といえるか否かについて示された判断基準は、つぎのようなものでした。
(ア)5つの要素を総合考量
          ①精神障害者の生活状況や心身の状況
          ②精神障害者との親族関係の有無・濃淡,同居の有無その他の日常的な接触の程度
          ③精神障害者の財産管理への関与の状況などその者と精神障害者との関わりの実情
          ④精神障害者の心身の状況や日常生活における問題行動の有無・内容
          ⑤精神障害者に対応して行われている監護や介護の実態
   (イ)さらに、以下の2つの要素を判断する
     ①その者が精神障害者を現に監督しているか否か
    または
     ②監督することが可能かつ容易であるなど衡平の見地からその者に対し精神障害者の行為に係る責任を問うのが相当といえる客観的状況が認められるか否か
  この基準では、「監督できる状況ではなかった」ことが責任否定の根拠となるので、介護能力のある同居の家族が患者と関われば関わるほど、このあてはめにおいて「監護を引き受けた」(「監督義務者に準じる者」)と評価されるおそれがあることになり、日常的に一生懸命介護に従事している人が責任を認められやすいことになります。

 

[保険制度による解決が必要に]
 ただ、徘徊中の認知症患者による加害行為には、近隣の市民などが被害者となる場合もあり、賠償責任が否定されると泣き寝入りになる危険もあります。そのバランスと被害填補のためには、認知症患者による加害事故の責任保険が民間で開発され、身近で介護している家族が、徘徊等の危険があると考えた場合は、手軽に保険に加入できるシステムをつくることが必要です。
  いくつかの保険会社では個人賠償責任保険が売り出されています。他人の物をこわしたり、他人にケガをさせてしまったときなどに、法律上の損害賠償責任を負う場合に保険金が支払われる保険で、被害者に対する損害賠償金のほか、弁護士費用、訴訟になった場合にそれに要する費用なども保険金支払いの対象になります。保険料は、保険期間1年、保険金額1億円に設定した場合、年間保険料は1000円から2000円程度が一般的です。
 上述の訴訟を受けて、一部の保険会社では被保険者(補償の対象になる人)の範囲を広げ、賠償事故を起こした被保険者が重度の認知症など「責任無能力者」の場合に、その人の「法定監督義務者」「代理監督義務者(親族に限る)」「親権者」を被保険者に追加するなどの改定を行っています。
 民法上、損害を与えた人が重度の認知症など「責任無能力者」の場合、本人が賠償責任を負うことはありませんが、その人の家族などが「監督義務者」として代わりに賠償責任を負うことになります。
 被保険者(補償の対象になる人)の要件に、「法定監督義務者」「代理監督義務者(親族に限る)」「親権者」が追加された保険では、損害を与えた本人と別生計、別居であっても「監督義務者」であれば、保障の対象となるようです。
 ただ、個人賠償責任保険は、他人の物をこわしたり、他人にケガをさせてしまったときに補償される保険なので、線路内に立ち入ってしまった場合でいうと、電車の車両が破損したり、乗客がけがをしたりした場合は、遅延損害も含めて補償の対象となりますが、遅延のみの損害は補償の対象にはならないので、補償の対象とならない損害もあることは注意してください。


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