2026.02.11
弁護士 宮本亜紀
「建国記念の日」とは何か
「建国記念の日」とされている2月11日は、アジア太平洋戦争敗戦まで神武天皇が即位したとする「紀元節」という祝祭日であり、「大日本帝国の建国の日」でした。大日本帝国憲法が発布されたのも1889年2月11日であり、明治天皇が1904年に日露戦争のロシアへの宣戦布告を行ったことを発表したのも2月11日でした。アジア太平洋戦争中は、しばしば「紀元節までに○○を攻略せよ」の命令が出され、戦傷病者・戦没者のもっとも多い日となったのです。
「紀元節」は、国民主権と思想・学問・信教の自由を定めた日本国憲法に反するものとして戦後廃止されましたが、1951年サンフランシスコ講和条約に調印して独立してすぐから吉田茂首相が「紀元節」復活に言及するなど、一部の勢力が「紀元節」復活に執念を燃やしてきました。1957年には自民党がはじめて祝日法改正案を提案し、8回にわたって提案しましたが世論の反対によって成立させることはできませんでした。しかし、1965年に佐藤栄作内閣の下で「建国記念の日」法案が強行可決されました。この時には、何月何日を「建国記念の日」にするかは決めずに法律ができたのですが、後に「建国記念日審議会」が、憲法や歴史の専門家を排除して、政府のいいなりに、「2月11日」とすることを答申し、政令でこの日が「建国記念の日」とする旨が定められたのです。日本の「建国の日」がいつなのか、歴史学研究でも明らかでないため、建国「記念」の日となっています。
このような経過を辿ってきた「建国記念の日」は、神武天皇即位という非科学的な「建国」で、戦前の天皇主権や軍国主義を呼び起こそうとする意図が背後にあり、国民主権、平和主義の日本国憲法の精神に反していることが問題です。
大阪をはじめ全国で、歴史学団体・労働組合・文化団体などが共同して、1967年以来毎年、2月11日建国記念の日を承認しない、廃止を求める集会開かれています。
