2026.08.05
弁護士 那須幸実
遠いようで、実はすぐ近くにある隣国とのあいだで ――武漢・黄石の旅から考える、日中の平和と相互理解――
1 両国民の情報のギャップがすごい
昨年(2025年)の夏、私は夫と共に、中国湖北省の武漢市と黄石市(こうせきし)を訪ねました。大学院時代の中国人の友人(Rさん)に会うためです。関西国際空港から武漢の空港へは、直行便で約3時間半。
武漢は辛亥革命の引き金となった武昌起義の舞台であり、歴史の息吹が残る街です。日中関係史を専攻しているRさんに案内と通訳をしてもらいながら、いくつかの歴史博物館を巡り、都市部や地方を観光しました。
そこで目にしたのは、日本にいるだけでは見えてこない、両国の国民が触れている「情報の大きなギャップ」でした。
2 「犯罪を憎んで人を憎まず」
(1)中国の歴史博物館の、戦争についての展示
中国の歴史博物館には、さきの戦争に関する展示が数多くあります。日本軍が現地で行った残虐な行為についても、当時の写真とともに様々な展示がされていました。
ちょうど戦後80年の節目であった昨年は、戦後に中国で行われた日本人戦犯の裁判に関する特別展示もありました。私が目を引かれたのは、次のような見出しでした。
「犯罪を憎んで人を憎まず」
そこでは、捕虜となった日本兵に対し、中国の人々が散髪や医療、食事などを提供したこと、最初は頑なな態度をとっていた日本兵たちが少しずつ中国の人々と心を通わせ、自らの過去の行為を深く悔い改めていった過程の記録が展示されていました。
(2)日常に溶け込む戦争の歴史
何より印象深かったのは、これら歴史の展示が、中国の人々の「日常」に深く溶け込んでいることです。
訪れた博物館はどこも綺麗で開放的で、武漢の博物館では沢山の小学生たちがボランティアガイドとして元気に解説をしていました。黄石市博物館では、地元のお年寄り達が廊下でくつろぎ、多くの家族連れが展示を見に来ていました。さらに、国営放送のテレビには「抗日ドラマ」の専門チャンネルがあり、日本軍との戦いに関するドラマが一日中放送されています(ただ、Rさん曰く、抗日ドラマはさほど人気ではなく、若者はテレビ離れしているため、あまり見ていないそうです。)。
戦争の被害(日本側の加害)の記憶は、彼らにとって極めて身近なものとして共有されていることを実感しました。
日本の平和学習や博物館、戦争関係のテレビ番組の多くは、空襲や原爆、食料不足などの「被害の歴史」が中心であり、能動的に調べない限り「加害の歴史」に触れる機会は極めて限定的です。この情報の偏りこそが、双方の認識に大きな隔たりを生む原因となっているのではないかと思わずにいられません。
(3)現代の中国で生きる人々の思い
Rさんの弟のY君に、「日中の戦争の歴史についてどう考えているか」と尋ねたことがあります。高校三年生の彼から返ってきた言葉は、とても冷静で寛容なものでした。
「歴史については客観的に捉えています。過去の日本軍は非常に残酷な行いをしましたが、それは軍国主義の洗脳を受けていたからです。僕たちが憎んでいるのは、人ではなくその『思想』です。」「僕たちの友情だけでも、中国人と日本人が友好的に交流できることを証明しています。」「過去にとらわれずに、楽しく過ごしましょう!歴史は、過去を記憶し、平和を願うための教訓ですから」。
彼の発言に、博物館の展示にあった「犯罪を憎んで人を憎まず」の精神が重なって感じられました。
このような出来事もありました。黄石市の博物館で、あるおじいさんが私たちが日本人であると気がつき、Rさんにこう話しかけたそうです。
「子どもの頃、日本兵がここに来て、怖くて稲田に隠れた。」「あなたたちは若いから、あの歴史をあまり知らないかもしれないね」と。そう言って、彼は静かに去っていきました。私はおじいさんに気がつかず、後からRさんに教えてもらいました。
Rさんは私たちが帰国したあとの手紙で、こう語っていました。「おじいさんは敵意ではなく好奇心をもっているようでした。」「一目で日本人とわかる那須さんたちを見て、何か思うところがあったのかもしれません。黙って去っていく彼の後姿からは、むしろ複雑な歴史の重みを感じさせられました。これは私たち若い世代が共に向き合い、理解を深めていくべきことなのでしょう。」。
3 相手を「記号」として捉えないために
(1)日本の流行りに詳しい中国と、中国の流行りに疎い日本
中国の若者たちが触れている現代の日本文化(アニメ、ゲーム、小説など)の量には目を見張るものがあります。中国の書店には、日本で人気の小説や漫画、雑誌が大量に平積みされていました。Y君も日本のポップカルチャーに非常に詳しく、旅の間も楽しそうに日本のアニメや音楽の話題を振ってくれました。
他方、私たちは現代中国の文化をどれほど知っているでしょうか。日本の書店で、中国の流行小説や雑誌が平積みされている光景を、私は見たことがありません。歴史だけでなく、現代の文化に関しても、双方の国民がアクセスしている情報には大きなギャップがあります。
(2)中国の人々に対するイメージと実際
関西国際空港からの直行便には日本人の姿がほとんどなく、現地で日本人観光客に会うことはありませんでした。私たちが中国へ行くと伝えた際、周囲の様々な人から「大丈夫なのか」と心配の声をかけられました。私たちは、相手の国の人々について、政府間の緊張関係と重ねて、「国」という大まかな記号や、メディアの限定的な情報だけでイメージを持ってしまいがちです。
現地の人々は、一目で日本人観光客と分かる私たちに対し、皆さんとても親切で、友好的に接してくれました(服装の流行が日本と違っていて、明らかに私たちは浮いていました。)。農村で落花生を干していたおばあさんは、私たちが興味を示すと、わざわざ鍵を開けて古い祖廟(お堂)の内部を見学させてくださいました。古民家の中を見学しても良いかとRさんが交渉してくれたところ、その場で自宅の中に招き入れてくださったおじいさんもいました。私たちが日本人だと分かっても、その温かい態度が変わることはありませんでした。
4 日本と中国の平和のために、私たちにできること
2026年現在、日中関係は冷え込みを見せており、この夏に予定していたRさんとY君の来日も延期を余儀なくされてしまいました。友人との再会が叶わない現状は非常に寂しく、政治の荒波に民間レベルの交流が翻弄されることを、大変もどかしく感じています。
(1)「国民」ではなく「個々人」の顔を想像すること
国と国との関係が冷え込んでいるときだからこそ、「主語」を大きくして相手の国の人たちを決めつけるのをやめるべきだと思います。
政府間の政治的な緊張状態とお互いの国民を混同せず、ステレオタイプな報道だけで相手を判断しないこと。
日中の歴史と現在を学び、日中の平和をいつも願っているRさん。日本のアニメが大好きなY君。私たちを温かく迎え入れてくださったRさんとY君のご家族。祖廟や自宅の中を見せてくださったおばあさんやおじいさん。黄石市博物館のおじいさん。血の通った「一人ひとりの顔」を思い浮かべること。それこそが、本当の平和への第一歩ではないでしょうか。
(2)「実際に会う、現代に触れる」という選択肢を持つこと
2026年初旬に、日本からパンダが一頭もいなくなってしまいました。しかし、寂しいと感じるなら、実際に現地へ会いに行くという能動的な選択肢があっても良いはずです。
現代中国の街や流行、文化に興味を持ち、お互いの「今」を知ることも、心理的な距離を縮める一歩になります。
(3)「加害の歴史」にも真摯に目を向けること
歴史を学ぶことは、自国を貶めるためでも、互いを責め立てるためでもありません。被害を受けた側だけがその事実を記憶し、加害の側が忘却したままでは、真の信頼関係は築けません。歴史の事実に誠実に向き合うことは、これから健全な関係を維持していくための、言わば大人のエチケットであると考えます。
Y君の言うとおり、歴史とは、私たちが共に平和な未来を築くための共通の教訓です。
(4)日中両国の平和は、民間の交流でも実現できる
それぞれの国の国民が、お互いの国に、大切な顔を思い浮かべられるようになったら。きっと、漠然とした負の感情ではなく友好的な感情を抱けるようになるはずです。
外交は、政府の要人だけのものではありません。民間の私たち一人ひとりの交流も、立派な外交です。「お互いに仲良くしたい」「戦争なんてしたくない」という想いを持つ人を増やすことができます。政府間の緊張関係に翻弄されるだけでなく、民間レベルで日中関係をより良いものにしていくことはできるはずです。
私自身も帰国してから一年近く、Y君やRさんとメールの文通をし、ご飯や景色、日常の出来事の共有というささやかながら温かい交流を続けています。情勢が落ち着き、彼らを日本にお迎えして、目一杯おもてなしできる日を心待ちにしながら。



