ことのはぐさ

2025.11.25 弁護士 青木佳史|「ジェーン・スーさん『介護未満の父に起こったこと』を読んでみた」


 最近話題のこの新書を読んでみました。音楽プロデューサーで、ラジオパーソナリティとしても活躍する、カラっとした切り口で女性の生き様を応援している彼女が、82歳になって突然独り暮らしとなった父の生活に寄り添う現在進行形の雑誌の連載が評判となり、新書になったようです。よくある著名人の介護ものとも、介護のノウハウものとも違って、独特の視点と感性で書かれており、いろいろ触発される本でした。

 

 父一人娘一人のスーさんは、久々に訪れて知る父の生活のほころびに直面して、子として「世話をしなければならない」「なんでこんなこともできないの」という葛藤やイライラが募ります。そこから抜け出すため、これは父が安心して快適な生活を送るためのプロジェクトであり、私は父と共同で達成するバートナーであり、それぞれの役割を設定して遂行しようというビジネスの発想で取り組もうとします。まずこの発想が新鮮です。プロジェクトの目的を掲げ、そのために必要なタスクを整理し、それを父と子と他の事業者に依頼すべきことに分類して、父と確認しながら進めていく、といった具合です。

 そうしたことは介護サービスの世界でも、ストレングスモデル(本人の強みを生かす)のケアプランという考え方で同じようなことは検討し整理していることですけれども、本人と共同のプロジェクトとすることで、本人中心の主体性が前面に出るし、家族としての義務感や負担感が和らぐ感じがあり、とても面白いのです。

 

 それでも、この共同パートナーは、時に怠け、わがままも言い、開き直り、スーさんを苛立たせます。スーさんはそのとき、父をミック・ジャガーであると思えばいいんだ、という発明をします。来日して無事コンサートツアーが終わるまでは、とにかく何があってもフォローしてがんばってもらうしかない、これは終わらないフジロックである、と思えば、ふんばれるぞ、と自分に言い聞かせるのです。

 

 仕事に多忙なスーさんは、父に頻繁に会いに行くことはできず、それにコロナ禍も加わってしまいます。ところが、大事な予定や毎日の食事の内容を、電話で伝えても忘れ、メモを書き残しても読まない父に、強力なツールとしてラインが大活躍します。独り暮らしになって文鳥を飼いだした父は、その愛らしさを人に伝えたいためだけにラインだけは駆使できるようになります。それを利用し、何を食べたか写真で報告してもらい、気になることや足りないことをラインで伝えることで、一つずつクリアしていきます(さらに物忘れが進んだ最近は、スマートスピーカーを置いて、時間になると予定を告げてもらう機能が活躍しているみたい)。

 

 そうは言っても、プロジェクトとして設計することは誰にでもできるわけではないよね、そもそも自分の親はミック・ジャガーじゃないし、誰もがラインがそんなに駆使できるでもない、ウーバーやアマゾンでいろんな物を送っているけど余裕のある家庭でないと無理だなあ、共同プロジェクトといいながらだいぶスーさんの健康感や価値観も入っているよね、などなど、突っ込みどころも満載ではあります。そういう意味ではけしてノウハウ本ではなく、これはあくまで父とスーさんの物語なのです。

それでも、この発想は面白い、そういう考え方もあるよな、あるあるこういうこと、ということが随所にあって、この父と娘のあり様から、発想の転換や刺激をいろいろもらうことができるのです。

 

 読後には、たしかに介護というものは急に現れてくるものではないんだよな、日常の生活の中で、少しずつ自分でできていたことが難しくなっていくことの連続なんだな、「介護未満」こそが本人中心のプロジェクトにとって大事な出発点なんだな、ということに改めて気づかされます。

私たち専門職は、仕事として関わる時、介護保険でも、成年後見制度でも、いよいよ必要となった時点から相談に応じ、関わっていくことが多いのですが、その前史で本人や家族がどんな営みをしてきたかを、あまり踏まえてこなかったかもしれないな、という気づきにもなりました。

それとともに、身寄りのない高齢者が世帯の半分以上を占めるようになる今後、介護未満の時から、スーさんのような娘はいないわけで、誰がどんなふうに、本人中心のプロジェクトを一緒に進めることができるのだろうか、「地域共生社会の実現」という言葉が重く響いてもくるのです。

 

 すぐには答えの出ないあれこれが頭をよぎるのですが、スーさんの、大丈夫、家族であれば誰でもイライラするのは当たり前、自分なりの距離感でできることをやればいいんだよ、というポジティブなメッセージに溢れたこの本は、お勧めの良書です。

                                             以 上


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