きづがわ瓦版

ことのはぐさ

2014.06.18 弁護士 鈴木康隆 | クロアチア旅行 ②クロアチアの風景


 クロアチア旅行の報告の2回目は、実際に私がこれらの国々へ行ってきたその感想です。
 私達は、クロアチア、スロベニア、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、の三国を旅行したのですが、一番長く滞在したのはクロアチアでした。
 1日目は、スロベニアの国立公園ブレッド湖畔に行きました。ここに2泊した後、クロアチアのプリトヴィツェに行きました。ここも国立公園で、大小16の湖とこれらの湖に面した92カ所の滝は見事なものでした。ここにも2泊して、スプリットに向かいました。クロアチアは、全体にちょうど南米のチリと同じく、まるでタツノオトシゴの尻尾のように細長くアドリア海に面しています。このアドリア海は、瀬戸内海と同じようにたくさんの島があります。その一つのフヴァル島に行きました。淡路島よりは小さいのですが、それでもかなり広い島でした。アドリア海は、ギリシャやイタリアの内海のようなものですから、ギリシャ文化やローマ文化の遺跡が数多く残っていました。
 スプリットからドブロヴニクへ移動する途中でボスニア・ヘルツェゴヴィナの街モスタルに行きました。ここは、カソリックとイスラムが共存した古い都市です。もともとこのバルカン半島は、1389年にオスマントルコに征服され、それから約500年の長きにわたってオスマントルコの支配下にありました。オスマントルコはいうまでもなく、イスラム教です。それ以前はギリシャ正教が中心だったのですが、トルコ軍に征服された後、人々は次第にイスラム教に改宗してゆきました(ただし、スロベニアとクロアチアはカソリックのままでした)。こうしたことから、ボスニア・ヘルツェゴヴィナにはイスラム教の寺院がたくさん残っていました。このモスタルの街には、内戦後すでに十年以上が経過しているのですが、あれこれの建物には、未だに内戦のときの銃弾の跡が生ま生ましく残っていました。
 その日、ボスニア・ヘルツェゴヴィナを出て、クロアチアの最後の都市ドブロヴニクにつきました。最近では日本のテレビでもたびたび紹介されているようですが、ここは、アドリア海の真珠と言われ、海に向かったその景色は、なかなかのものでした。古くから観光地として栄え、ヨーロッパからの観光客がたくさん訪れているようです。現に私たちが滞在していたときにも、5万トンほどの豪華客船がこのドブロヴニクの港にきており、その客数は5千人ほどだと言われていました。ドブロヴニクにあるホテルでは、これだけの客を収容することは出来ず、客は客船で宿泊するとのことでした。
 私たちは、カタール航空で出かけたのですが、途中カタールの空港ドーハで乗り換えるため、クロアチアの首都ザグレブまで実に20時間もかかりました。イタリアのミラノなどの直行便を使えば、十数時間で行けるのですが、費用を節約した結果です。このカタール航空は、パリやロンドン、マドリッドなどへ行く人達もたくさん利用しており、座席は満席でした。要するに、時間か金かという選択の問題のようです。
 いずれも飛行機はエコノミーでした。すでに70歳を超している私にとって、果たして耐えられるであろうかと少し心配でしたが、それほどのことはなく、無事帰ってくることが出来ました。


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