きづがわ瓦版

ことのはぐさ

2012.11.19 弁護士 鈴木康隆| 戦争を語り継ぐ


 私は、奈良市の西部の登美ヶ丘というところに住んでいます。この地域に、二十年ぐらい前から「登美ヶ丘文化交流の会」という会が、文化的な催しや、音楽会、時事的な話題についての講演会などをやってきました。この「登美ヶ丘文化交流の会」は、これまでいろんな分野で活動し、一線を去ってもなお元気を失わない人達が中心となっています。実をいうと、私も一昨年に、この会で裁判員制度について話をしたことがあります。

 去る9月9日に、この「登美ヶ丘文化交流の会」の例会がありました。この日は、「木村英雄・ハーモニカの世界」という演題でした。私は、てっきりハーモニカの演奏会だと思っていたところ、案内をよく見ると「ハーモニカの演奏と放浪画家 山下清さんのこと」と書いてあり、私は、山下清のことだと思って出かけました。 実際に、ハーモニカの演奏もあり、山下清の話もありましたが、そこでの木村さんの話の内容は、自らの戦争体験についての話でした。
 木村さんは、1925年生まれで今年87歳とのことです。徴兵されたときにはまだ20歳にもなっていませんでした。木村さんは、同志社高等商業学校在学中のまだ20歳にもなっていないときに徴兵されました。そして、中国湖南省の戦地に派遣されました。
 木村さんの話の中で、もっとも印象的だったのは、軍隊の非人間性ということでした。兵隊を、人間としてではなく1個の物としか見ない、それが旧日本陸軍だったのです。その最たるものが、軍隊の中で横行していたリンチ(私刑)でした。全く何の理由もなく、根性をたたき直すなどと言って、上級の兵士が下級の 兵士を殴る蹴る、手拳で殴ることはもちろん、鋲のついたベルトで殴る、ミンミンゼミといって、下級兵を柱にしがみつかせ上級兵がよしというまでミンミンと 声を上げさせる、並んだベッドの端から端まで動けなくなるまで往復させる、などなど、まさに拷問のようなことが行われていたのです。兵士に何ら落ち度がな くてこんな具合ですから、兵士に貸与された銃を傷つけようものなら、そのリンチは想像を絶するものであり、まさに命さえ失いかねない理不尽なものでした。
 木村さんは、初年兵ですからそうしたリンチを一番多く受けたのです。こうしたことから、軍隊の中ではしばしば自殺者が出たそうです。自殺する場合、兵士の多くはトイレでしたそうです。そこで軍隊では、トイレを使うときでも、扉を開け放したままにすることになっていたそうです。それは、自殺防止ではなく、 自殺した兵士を出来るだけ早く探し出すためだった、ということでした。兵士は人間ではなく、いつでも取り替えのきく、まさに物だったのです。

 木村さんのこの話が、山下清とどのように結びつくのか。 山下清は、戦前、1939年から42年まで3年間、全国各地を放浪して歩きました。彼は、その3年間の様子を「放浪日記」と題してノートに書き連ねており、その数は32冊にもなっているそうです。それが戦後、全4冊の「放浪記」としてまとめられて出版され、また、小林圭樹主演の「裸の大将」という映画に もなりました。
 なぜ山下清は、このように放浪の生活を送ったのか。彼は、1921年生まれであり、日中戦争が泥沼にはいった1939年頃は徴兵検査の年齢に達していました。彼は、その徴兵検査を逃れるために放浪の旅に出たのです。当時、徴兵検査を拒否するなどということは、重罪でした。その徴兵を逃れるために、彼は、 必死の思いで放浪の旅に出たということです。山下清には、知的障害があり、そのため年齢をごまかしても、余り疑われず、そのため3年間も放浪することが出来たようです。
 木村さんの話では、山下清は軍隊のひどい状況を何らかの方法で知ったことから、徴兵検査を必死になって逃れようとしたのではないか、と話していました。軍隊の非人間的な状況と山下清は、この点で結びついたのです。
 木村さんは、戦後、京都大学法学部に入り、その後高校の先生をしていました。そして、1981年に退職し、以後山下清の足跡をたどり、またハーモニカの練習に励み、いまやハーモニカの分野でも知られた存在になっているとのことです。この例会でも、木村さんのハーモニカの演奏が行われ、それはそれで楽しいものでした。
 しかし、木村さんが、ハーモニカの演奏と合わせて、自らの戦争と軍隊の非人間性の体験をを後の人達に伝える、その仕事は実に貴重だと思いました。体験者 の話以上に人の心を打つものはないからです。時の経過とともに、体験者はどんどん減ってゆきます。今や、戦争を知っている人はきわめて少数になってしまいました。しかし、これを語り継ぐことは、出来ないことではありません。それを続けることのみが、「歴史を繰り返させない」最大の力だと思います。


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